司法書士の中嶋です。
大阪司法書士会で所属している研究会の活動で、「渉外相続と国際私法の基礎」と題し、渉外相続に関連する部分で国際私法について分かりやすく解説する記事を作成したのですが、訳あって発表することはありませんでした。
記事を眠らせておくのも勿体ないので、以下に原稿をそのまま掲載しておくことにします。
目次
(1)渉外相続における国際私法の役割
1)国際私法とは?
渉外相続の案件に携わることになった場合、まずは国際私法の規定を調べる必要がある。
とは言っても、「国際私法」という名前の法律が存在するわけではなく、「国際私法」とは、どの国の法律を適用するかを決定する様々なルールを定めた1つの法分野の名前である。
似ている法分野の名前に「国際法(国際公法)」があるが、領土問題等、主に国家間の問題を取り扱う「国際法(国際公法)」とは異なり、「国際私法」は、国際的な婚姻、親子関係、相続、契約、不法行為等、民法が対象とする私人間の法律関係(渉外的法律関係)を取り扱っている。
そして、日本においては、「法の適用に関する通則法」(以下、「通則法」)が国際私法の中心的な役割を担っている。
国際私法には通則法以外にも、ハーグ条約の批准に伴い制定された「遺言の方式の準拠法に関する法律」や「扶養義務の準拠法に関する法律」等もあるのだが、まずは出発点として通則法を参照されたい。
通則法第36条には、「相続は、被相続人の本国法による」と定められている。
渉外相続は、このシンプルな条文から始まる。
2)渉外相続の事例
アンドロメダ人の男Aと日本人の女Bは婚姻して現在は日本で暮らしており、AとBの間には日本人の子Cがいる(他に相続人となるものはいないものとする)。
Aは、日本に合計で1,000万円の相続財産を残して死亡した。
アンドロメダ国(注:架空の国)の法律には、日本の民法とは異なり、被相続人の妻が第1順位の相続人で子が第2順位の相続人となる規定がある。
日本にあるAの相続財産1,000万円は誰がどれだけ相続することになるか。
なお、アンドロメダ国の相続に関する国際私法の規定は日本の規定と同じ内容であり、後述する反致は適用されないものとする。
上記事例では、被相続人Aの相続問題に関して、被相続人とは国籍の異なる2人の相続人候補者が関係しているが、この相続問題にどの国の法律が適用されるかを決定するのが国際私法の役割である。
前述のとおり、通則法第36条には、「相続は、被相続人の本国法による」と定められている。
この条文の規定は、①相続開始の原因及び時期、②相続人の範囲、③法定相続分の割合、④相続の承認及び放棄等、「相続」に関する問題は「被相続人の本国法」によって決定されると言っている。
そして、「本国法」の「本国」とは国籍がある国のことであり、国籍要件は各国の法律で定められている。
アンドロメダ人であればアンドロメダ国、日本人であれば日本が本国となる。
このように単一国籍者であれば本国の決定は容易だが、重国籍者や無国籍者に関しては、本国の決定方法は通則法第38条第1項及び第2項が定めているので参照されたい。
さて、上記事例では「被相続人」であるAの「本国法」はアンドロメダ国法になり、アンドロメダ国の国際私法の規定が日本の規定と同じ内容であれば、①相続開始の原因及び時期、②相続人の範囲、③法定相続分の割合、④相続の承認及び放棄等は、「相続」の問題としてアンドロメダ国法に従って解釈されることになる。
よって、Aの相続財産1,000万円は、アンドロメダ国法の規定に従ってAの妻であるBが全て相続することになる。
(2)渉外相続における準拠法の検討
1)管理清算主義と包括承継主義
世界各国の相続法制には「管理清算主義」と「包括承継主義」がある。
「管理清算主義」とは、英米法系諸国1で採用されている法制度であり、被相続人の権利義務がひとまず人格代表者である遺言執行者(遺言がある場合)又は遺産管理人(遺言がない場合)に帰属し、そこでまず被相続人の財産関係を清算する遺産管理が行われる。
そして、清算の結果、プラスの財産が残れば相続人への財産移転が認められるが、マイナスになる場合は債権者に割合的な弁済が行われ、相続人が債務を承継することはない。
これに対して、「包括承継主義」とは、日本を含めた大陸法系諸国2で採用されている法制度であり、原則として清算を行うことはなく、被相続人の権利義務は死亡と同時に相続人に包括承継されることになる。
1 世界各国の法体系は大きく2つに分けることができ、イギリスやアメリカ等で採用されているゲルマン法に由来する英米法系と、ドイツやフランス等で採用されているローマ法に由来する大陸法系があり(日本は大陸法系に属する)、英米法系諸国では、判例を第一次法源とする判例法主義を採用している。
2 大陸法系諸国では、制定法を第一次法源とする成文法主義を採用している。
2)相続統一主義と相続分割主義
通則法第36条(「相続は、被相続人の本国法による」)のように、相続財産が不動産であるか動産であるかにかかわらず、被相続人の属人法(本国法、住所地法又は常居所地法)によって決定される考え方を「相続統一主義」と呼ぶが、このような考え方は大陸法系諸国で採用されている。
相続統一主義の根拠は、相続の家族法的側面を重視し当事者の利益を強調する点にあり、相続に関する問題を被相続人の属人法という単一の準拠法で解決することができ、準拠法の適用が容易であるというメリットがある一方、財産所在地における利害関係人等の利益を害するというデメリットもある。
これに対して、不動産と動産を区別して、不動産については不動産所在地法、動産については被相続人の属人法によって決定される考え方を「相続分割主義」と呼び、このような考え方は英米法系諸国で採用されている。
相続分割主義の根拠は、相続の財産法的側面を重視し取引の利益を強調する点にあり、財産所在地における取引の安全や相続の実効性を確保できるというメリットがある一方、相続財産が不動産であるか動産であるかによって異なる準拠法が適用される可能性があるほか、相続財産に複数の不動産があり、それぞれの所在地が異なればそれぞれに異なる準拠法が適用され、権利義務関係が複雑になるというデメリットもある。
仮に上記事例のアンドロメダ国が相続分割主義の考え方を採用していた場合、相続財産のうち不動産については不動産所在地法である日本法、動産についてはAの属人法が適用されることになる。
3)反致
上記事例では、通則法第36条の規定に従って相続に関する問題は被相続人Aの本国法であるアンドロメダ国法に従って解釈されると述べたが、前述の相続分割主義の考え方にもあるように、ただちにアンドロメダ国の相続に関する法律が適用されるというわけではない。
実際にどの国の法律が適用されるか(準拠法)を確定するためには、日本の国際私法である通則法の規定だけではなく、被相続人Aの本国法であるアンドロメダ国の国際私法の規定も調べる必要がある。
アンドロメダ国の国際私法にも同様に「相続は、被相続人の本国法による」というような規定があれば、結論は同じになろうが、仮にアンドロメダ国の国際私法に「相続は、被相続人の常居所地法による」という規定があり、Aの常居所(人が相当期間居住することが明らかな地のこと)が日本にあれば、まるでブーメランが戻ってくるかのように往復して日本法の実質法(民法等)が適用されることになる。
このように、被相続人であるAの本国法の規定により、結果として日本法が適用されることを「反致」という(通則法第41条)。
上記で説明した、被相続人の本国法が相続分割主義の考え方を採用していることによって、不動産所在地法である日本法が適用されることも反致に含まれる。
また、被相続人が遺言によって準拠法を選択できる旨を立法している国もあり、仮にアンドロメダ国の国際私法に準拠法選択の規定があり、Aが遺言で日本法を選択している場合も反致して日本法の実質法(民法等)が適用されることになる(遺言の成立及び効力に関して、通則法第37条第1項参照)。
4)地域的不統一法国と人的不統一法国
さて、通則法第36条及び被相続人の本国法の国際私法の規定を参照した結果、被相続人の本国法が適用されることになったものの、その本国法が複数の法制度から構成される国もある。
本国法が複数の法制度から構成される国は、「地域的不統一法国」と「人的不統一法国」に分けられる。
「地域的不統一法国」は1つの国の中で地域や州ごとに法制度が異なる国のことであり、そのような国にはアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア等がある(イギリス系の国が多いイメージ)。
地域的不統一法国の場合、通則法第38条第3項に従い、「その国の規則に従い指定される法(そのような規則がない場合にあっては、当事者に最も密接な関係がある地域の法)」が当事者の本国法となる。
仮に上記事例のアンドロメダ国が地域的不統一法国であった場合、アンドロメダ国の規則を調べる必要があり、その規則に従って指定される地域や州の法律が本国法となる。
一方、1つの国の中で宗教や民族ごとに法制度が異なる国もある。
このように場所的要素ではなく人的要素に着目して異なる法制度を採用している国のことを「人的不統一法国」と呼ぶが、そのような国にはインド、エジプト、マレーシア、フィリピン等がある(イスラム教徒とヒンドゥー教徒の国が多いイメージ)。
人的不統一法国の場合、通則法第40条第1項に従い、「その国の規則に従い指定される法(そのような規則がない場合にあっては、当事者に最も密接な関係がある地域の法)」が当事者の本国法となる。
5)公序
問題はこれだけにとどまらない。
上記事例において、被相続人の本国法であるアンドロメダ国法が適用されることになった場合、アンドロメダ国の相続に関する法律の規定を内容にかかわらずそのまま適用しても良いのだろうか。
通則法第42条は、「外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない」と定めている。
アンドロメダ国法を適用した結果、それが日本社会における公序に違反していると判断されれば、アンドロメダ国法の適用が排除される可能性がある。
ちなみに、民法第90条にも公序良俗違反の規定があるが、この民法上の公序と国際私法上の公序は判断基準が異なる。
実際に日本の裁判所で外国法の適用が公序違反と判断された例としては、①異教徒間の婚姻を禁止するもの(東京地判平成3年3月29日家月45巻3号67頁)、②父だけが親権者になれるとするもの(最判昭和52年3月31日民集31巻2号365頁)、③養子縁組を禁止するもの(宇都宮家審平成19年7月20日家月59巻12号106頁)等がある。
相続に関しては、相続人が不存在の場合に、特別縁故者である内縁の妻への財産分与を認めない韓国民法の旧規定の適用が公序違反と判断された例(仙台家審昭和47年1月25日家月25巻2号112頁)がある。
前述のとおり、日本の民法上の公序と国際私法上の公序は判断基準が異なるので、適用される外国法が日本の民法上の強行法規に違反していてもそれだけで公序違反と判断されるわけではないのだが、例えば、アンドロメダ国の法律では外国籍の妻子に一切相続権が認められない等、外国法の規定の適用結果が日本社会において明らかに不当なものになるのであれば、公序違反と判断される可能性があろう。
公序違反と判断された後の処理について、外国法の適用が排除されたことによって生じた法規範の欠缺を日本法によって補充するという説(内国法適用説)や、外国法の適用が排除された段階ですでにその外国法の適用結果は正しくないという結論が出ているので、法規範を補充し適用する必要はないという説(欠缺否認説)等があるが、日本の裁判実務は内国法適用説を採用しているとされる(最判昭和59年7月20日民集38巻8号1051頁)。
(3)おわりに
以上、渉外相続と国際私法の基礎についてなるべく分かりやすく記述したつもりだが、いかがだろうか。
もちろん、相続だけではなく婚姻や離婚、親子関係、遺言等についても同様の問題が生じる。
なお、相続と密接な関係を有する遺言についてはここでは詳細な説明は割愛したが、遺言の成立及び効力に関しては通則法第37条第1項が規定しており(遺言の取消しに関しては第37条第2項)、遺言の方式に関しては「遺言の方式の準拠法に関する法律」が規定している。
国際私法自体は、事案に応じてどの国の法律を適用するかを決定する交通整理の役割を担うものでしかなく、法律の規定自体もシンプルなものになっている(通則法も全部で43条しかない)。
それよりも、「暗闇への跳躍」と呼ばれるように、国際私法は適用される外国法の内容を入口の時点では考慮しておらず、国際私法の規定により外国法が適用されることになった結果、外国の法令や制度等を調べなければならないことの方が、よほど骨が折れると思われる。
国際私法を学ぶにあたって外国語や外国法の知識は必ずしも必要とは言えないが、実際に渉外相続の案件に携わる際には、外国の法令や制度等の調査、あるいは外国の関係者とのやり取り等において外国語や外国法の知識があると役に立つだろう。
今後、日本においてインバウンド需要や相続を含む渉外登記の案件は増加の一途を辿ることが予想される。
積極的に渉外相続に取り組みたい方にはまず国際私法を学ぶことを推奨するが、渉外相続や国際私法に興味を持たれた方は、以下に参考文献を何冊か挙げておくので、是非手に取ってみて欲しい。
(4)参考文献
多田望・長田真里・村上愛・申美穂著『国際私法(有斐閣ストゥディア)(初版)』(有斐閣、2021年)
松岡博編『国際関係私法入門(第4版補訂)』(有斐閣、2021年)
伊藤塾著『国際私法(第3版)』(弘文堂、2013年)
小出邦夫編『一問一答 新しい国際私法』(商事法務、2006年)
櫻田嘉章・佐野寛・神前禎編『演習国際私法 CASE30』(有斐閣、2016年)
道垣内正人・中西康編『国際私法判例百選(第3版)』(有斐閣、2021年)
岡田忠興著『行政書士 渉外相続業務』(税務経理協会、2021年)
特定非営利活動法人渉外司法書士協会編『ケースブック渉外相続登記の実務』(民事法研究会、2020年)